イタリアで生きのびる!過食?発達障害的?エンパス?なワタシ。。

会社員のお仕事、イタリアでがんばってきたけど、コミュニケーションが大の苦手なワタシには会社員なんて合ってない。。今まで試して来た色々なヒーリングや、 自分大好きイタリア人、 イタリア人の夫との話などカキカキする予定。
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発達障害で海外に暮らす 2

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発達障害の人は海外に住む方がラクではないか?と昨日書いた。
実際、周りをみてもこの人もそうじゃないか?って思うことが結構ある。
コミュニケーションが苦手で、かたくなで交友関係がない人たちを目にするのである。

海外に住んでみたいという憧れの奥に、実は日本で住みにくいので
逃げ出したい、という願望が隠れているのだと思う。

でも、外国に住んだからといって、発達障害が治る訳ではなく
日本に住んでいるより程度が軽いとはいえやっぱり、
イタリア人からも変な人、難しい人と思われ、仕事やプライベートで問題が発生する。

イタリア人の同僚や取引先から彼らへの苦情が来る。

私も去年、イタリア人の同僚と大きなトラブルを起こした。
それはまたおいおい、書いていきたい。。

発達障害の人が海外で少しでも住みやすくなるには
同じ悩みを持った一人か二人の友人が必要だと思う。
スカイプがあるので、別に日本にいる人でもいい。

私は20代の一番大変だったとき、摂食障害の自助グループナバの会員だった。
アトピーがひどくて会社を辞めて、どこにも行く所がないとき、
週に何度も通った。
言いっぱなし、聞きっぱなしというルールがあるミーティングで
泣いたり親への怒りを吐き出して、ミーティングが終わったらおしゃべりして、
というのは、大きな支えだった。

そこで知り合った人たちが今でも一番の親友である。
数少ない、というかほとんどいない、ありのままの自分でいられる、
本音が言える人たちである。
変な話をしても、受け入れてもらえる。

発達障害らしき50代、60代の人たちを見ていると孤独である。ひとりぼっちだ。
外国人で、言葉のハンデがあり、人と交流を持とうとしない。
彼らは日本にいたとしても一人ぼっちだと思うが、
どっちがいいのかなのかな?って思う。

写真は昨日に引き続きロヴェレートの近現代美術館のインスタレーションと
ダリの絵。

ダリ




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発達障害で海外に暮らす

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私の場合、日本よりイタリアのほうが住みやすい。
その理由をつらつらと書く。

まず多少、私が変わっていても、外人だからということで目立たない。
イタリア人はそんなに日本人をたくさん知らないし、日本の習慣もわからないので
私が変わっているのか、日本人がそうなのかわからず、まあこんなもんだと
思ってる気がする。

人嫌い、人と交わるのが苦手でも、言葉の問題だろう、と放っておいてくれる。

日本人を嫌いな人はあんまりいないので、日本人っていうだけで
プラス効果があり、良い色眼鏡をつけて見てくれる。

イタリア人は基本的に自分の気持ちや考えをはっきり表現するので、
あうんの呼吸とか、空気を読むといった能力が日本にいるときより必要とされない。

私がアトピーがひどくて一ヶ月ぶりに出社したときは、
どうしたんだ、アレルギー検査をすべきだ、何を食べたんだ??などと
複数の同僚に言われたが、日本人は誰一人として言ってこなかった。

日本人とイタリア人の思いやりはだいぶ違う。

人とシェアするのが苦手なわけだが、本やネットを読んでいても
イタリア人オットは日本語を解しないから、何を読んでいるか
知られなくて秘密主義者としてはいちいち隠す必要がなくラク。

イタリア語は日本語ほど堅苦しくない。
もちろん丁寧な言い方は必要とされるが、もっとざっくばらんな感じ。
日本人はお客は神様っていう考え方から、お客様に対して丁寧に対応するのが基本だけど、
イタリア人はお客と対応する売り手がもっと対等な関係で、売り手はそこまでへりくだる必要がない。

例としてイタリア語の呼びかけはこんなものがある。
アモーレ、テゾーロ(大切な人)、プリンチペッサ(王女様。女性や子どもに対して)、
カーロ(愛しい人)。
この辺は普通に八百屋で野菜を買う時にもおばちゃんから
「テゾーロ、安いよ」って呼びかけられる。

ローマ弁やナポリ弁は省略するのが特徴の一つなので、アモーレの代わりに
「アモ」とか電話で取引先の人に言われることがあって
あんたとは一度も会ったことないのに、、みたいに思う。

アモーレもテゾーロも異性間ではなく、同性間でも使われて、ちょっと気持ち悪い感じもする。。

あとチッチャ(おデブさん)、パタティーナ(おいもちゃん)、
ブルッタ(ブサイクちゃん)とかは親しい人の間で使われる。

目の前の男性が恋人に向かっておデブさんって言ってるのを聞くと
私だったらちょっと傷つくかも、と思う。

結局、日本人はフォーマルすぎる。
着るものでも、社会人男性はこれ、主婦はこれとか、40代過ぎたらこんな服はダメ、
といったルールというか社会常識?のほうが個性より尊重されるから、
私のように、そういうものを理解するのが苦手な人にはつらい。
小津安二郎の映画を見ていると、美しい日本って感じで
悪いことだけではないが、発達障害の人には難しいと思う。
日本は個人の気持ちより常に相手が優先、相手にいかに迷惑にならないかが大切。
これが、難しい。

一方イタリア人は自分がなにより好きで可愛い。
だから、おしゃべりに夢中になると道路の真ん中を塞いでも平気、とか
道路にゴミをポイ捨てしても家の中はぴっかぴかとか現象がおきる。。
いい加減にしろとかよく思ったけど、こっちのほうが人間らしくてラクだ。

なんか、うまくまとまらなくて気に入らないけど、とりあえずここまで。
写真はroveretoっていう北イタリアの町。

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