イタリアで生きのびる!過食?発達障害的?エンパス?なワタシ。。

会社員のお仕事、イタリアでがんばってきたけど、コミュニケーションが大の苦手なワタシには会社員なんて合ってない。。今まで試して来た色々なヒーリングや、 自分大好きイタリア人、 イタリア人の夫との話などカキカキする予定。
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「評価されたい」。焼きつくような焦燥

社長と上司が変わった3年前から、
やりがいがあるけどストレス満載な仕事からははずされ、裏方に徹している。
この仕事は生活のためなので、むしろ良いと頭でわかっているが、寂しいと感じていてEFTをやってみた。

社内で評価されたい。評価されないと居場所がない。

その感覚をEFTで味わってみると、

評価がほしい、
喉から手が出るほどほしい、
と言っている餓鬼がいた。

こんな感じ↓
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餓鬼:生前において強欲で嫉妬深く、物惜しく、常に貪りの心や行為をした人が死んで生まれ変わる世界とされる。
常に飢えと乾きに苦しみ、食物、また飲物でさえも手に取ると火に変わってしまうので、決して満たされることがない。

餓鬼がワタシのなかに棲み始めたのはごく幼い頃だったと思う。
母は2歳下の弟を愛していて、二人の間にワタシの入る隙はまったくなかった。
母の役に立たないと殺される、くらいの恐怖があったかも、と今は思っている。

また、母は胃腸が弱くてよく下痢をしたとか疲れたとか言っていて、
小さいワタシは母が死ぬかもしれないと恐れていた。

EFTでその頃のワタシを感じてみる。
EFTの詳細はココ

母に頼ってばかりでつらいよー

ワタシは自分の体を抱きしめながら泣くのに任せる。

この、母に愛されなかったことへの怒りと悲しみは
いろんなセラピーで癒すよう勤めてきたが、なかなか消えないのよね。

ちなみに畦倉さんとのセッションでは母親が信頼できないなら固執せず、
いま信頼できる人をイメージしてその人に助けに来てもらうように、
と言われてイメージしたら、夫が迎えに来た。

今回はとりあえず、

この餓鬼を、人の評価がほしいんだよね、と受け入れたあと、(これ大事)

人の評価がなくても大丈夫。
仕事ができなくても居場所はある。自分のなかにある。
仕事ができなくても同じように尊敬・尊重される。
ただ、いるだけで尊重される。

といった言葉でEFTをやった。

2日たって、「人の評価がほしい」と言ってみても前のような渇望感が沸いてこない!

お空に還ったのだろうか。

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エンパス2

この前エンパスについて書いたけれど改めてネットで色々調べて、対策を取った。
(私ってほんと、ビジネスライク)

まず石を買った。
家の裏にローマで老舗のパワーストーンのお店があって初めて入ってみた。
ネットには黒水晶がプロテクトに最適と書かれていたけれど、
お店の方が,ペンデュラムでターコイズを選んでくれた。
わたしには黒水晶は必要ないとのこと。素人考えはムダなのね。。(´・_・`)

お店の方はすごくやわらかい雰囲気の50代くらいの女性で、今度ヒーリングも受けてみたい!
お客さんで、いたずらっぽい可愛い男性とおしゃべりしていて、
お店はちょっとハリーポッターぽくて楽しそう。

それから、NYののりこさんのセルフヒーリング講座を受けたいけど、
すぐは不可能だし、まず何かチューニングフォークを買って自分で鳴らしてみるか、
真剣に悩んでサイトを調べまくり。。。どうしようかなあ。
これも素人考えであせるのは、やっぱり的外れなのかしら。。。

それから座禅も効くなあ、グラウディングもしなきゃ、とか、
気がつくと、かんぜん修行モードに入ってました。

でも、一番大切なことは、
まず楽しいことして自分を喜ばせて、エネルギーを輝かすこと
そうすれば不必要なエネルギーは跳ね除けられるはず。

たまたま昨日は祝日だったので、すきな雑誌を眺めたりのんびり過ごしていたら、
落ち込んでいた気分が上がってきて、一瞬シアワセ感に包まれることもあって。。

それから、初めてオットのIポッドで通勤中に音楽を聴いてみた。
今までは、できるだけ「自然であるべき教」、人工的なものは受けつけません、っていう過激派だったんで。。。。

これも、気持ちい音楽を聴いて人の念を受けないという楽しい方法ね。。。
ぎゅうぎゅうの満員電車で、隣の人のため息とか舌打ちとかに、私は傷ついちゃうのよね。

今日は一日中、ターコイズをブラのなかに入れて仕事してみました!
とくによく分からないけど、悪くない感じ。。。

それにしても、いつも「これはモンダイだ、何とか解決しなきゃ」って反射的にしてしまうのは
私がもともと依存症で、モンダイ→解決する、という行為に嗜癖しているから。

本当は、自分と向き合ってしっかり落ち込んで悲しめるといいんだけど。。

そう、エンパスな私が悲しかった。不安だったの。
一通りじたばたしたら、気づきました。

のりこさんのブログにもちょうど、書かれてた。相変わらずめちゃ面白いです。

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これはアンティークの南アメリカのマット。居間の壁にかけてます




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僕が守ってあげるから心配しないで

タイトルの台詞は、イタリア人のあるおじさんに完璧な日本語で言われました。
日本人観光客相手に仕事をしていて、まあ頼りになるおっちゃんです。

二人で日本人のお客さんを待っているあいだ、暇つぶしにコロッセオの前で並んで座ってました。
なぜ彼がこうつぶやいたとのか、今はもう覚えていません。
ただ、日本語を自慢したかったんじゃないかなあ。

唐突に僕が守ってあげるから心配しないで、と私に言いました。
キメの台詞です。

日本語は「テンジョーインさん」「こっちこっち」とかしか言えない彼ですが、
日本人が焦ってパニックになったときとかに言うんでしょうね。

私も彼のことは信頼していたし、運良く困った機会はありませんでしたが、
こう言われればきっと大丈夫と思ったことでしょう。

あれから何年も経ちますが、今はオフィスで仕事をしていて現場にいないため、
現場で問題があっても電話で先方にお願いすることしかできません。
なだめたり、持ち上げたり、もう色々な方法でお願いしたあと、
「僕・私がやるから心配しないで」と言われて何度ホッとしてきたことか。。。
トラブルが多いのも南イタリア、コネや電話一本でお願いして解決するも南イタリアです。

そして今、 
大丈夫、心配しないで、起こるすべてがきっといいこと
大丈夫、判断しないでその出来事、起こったすべてがきっと良いこと
 byみつろう

と自分を批判したり、断罪したくなったとき、自分で自分に言う努力をしています。

親からはこういう安心感はもらえなかった。

この台詞を言うとき、イメージするのはこのイタリアのおっちゃんの声。
いい加減だけど、決めるときは決める人たちです。

オットの声じゃないんですけど。。
でもオットも含めて困ったとき、守ってくれるのはイタリア人の男性の方が多いんじゃないかなあ。。
日本人の男は仕事の方が大切なような。。

話が他人にそれてしまいましたが、少しずつ自己批判をしなくなってきた!\(^o^)/

以下は藤本さきこさんのブログの抜粋ですが、

今ではない
自分になろうとする

のは、いつまでも絶対になれないし、
苦しさ満載になっちゃうんです。

なぜなら、

今存在する自分しか
未来にも存在しないから。

今の自分を無いことにしたら、
未来にも絶対に存在しないから。

だって
常に「今」だから
今を否定しちゃったら、どこまで行っても自分は無いの

これが、ようやくちょっと分って来た。だから今の自分を責めないことがとても大切。。
ここまでくるのに、何年かかったかなあ。ある意味、生まれてからずっとかなあ。

でも今回の人生はワタシになりたかった。ワタシの人生を体験したかったんだよね。
キレイで可愛い誰か、親から愛されてシアワセ一杯に育って来た誰か、
笑顔で一杯の人生には興味なかったんだよね。
まあ私の人生も本で読むなら楽しいだろうしネ。

ワタシだけの人生を思いっきり味わうのが一番じゅうよう!!







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イライラはカラダケアでましになる

ここのところ、ブログを一切書けなかった。

自分の魂のやりたいこととして、裁縫が出てるとNYのおさむさんとのりこさんに
指摘されて、でもやろうと思うと、つい結果を出さないといけない、という思いで一杯になる。

こんなにせこせこ裁縫をしていても食べていける訳がない

どうしたらいいんだろう、と恐怖が湧いてくる。

恐怖レベル。
無理に決まってる。むりむりむり。
怖い。


とりあえず、ご自愛研究室の小原綾子さんや、設定変更のさきこさんのブログを読んで、
自分をもっと愛することができたら、きっと恐怖が収まって来て、
そしたら裁縫の方向に進もうと思ってたけど。。

やっぱりそういう自分にめちゃめちゃめちゃめちゃイライラ。
腹が立つ。


こんな合わない仕事にエネルギーを奪われていることに、恐怖を覚える。
もう、このままだめなんじゃないか。。
やりたくないことに、一生支配されておしまい。


でも裁縫をやることへの恐怖は消えなくて、とりあえず
3日前くらいからカラダのケアをもっとやることにした。

私はもともとアトピーと喘息持ちだから野口整体を25歳くらいの
ときから知っていて、この前ローマ日本人学校のバザーで、
たまたま野口整体の本を買ったので、本を読んで一からエクササイズをやり直し。

背骨を感じる、子宮を感じるなどなど。
ブログを読みまくるより、定時で退社して一日5分でもエクササイズをやる!

そうしたらちょっとイライラが減って来た。
過食モードもちょっと収まった。

1週間前の水曜日はお菓子の食べ過ぎで、翌日の夜まで胃が痛かったもんね。。






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いくらバカンスでも、シアワセとは限らない

久しぶりの更新だ。

毎年恒例のバカンスの北イタリアのアルプスの山から5日ほど前、帰って来たばかり。

バカンス中は、色々あった。。

よくお金持ちでも不幸な人はたくさんいる、というが、
ようするに外的環境がいくらよくても、自分が楽しいかシアワセかは自分次第だから、
私の場合は人がうらやむようなバカンスでも結構楽しくないということが
過去にもあった。

例えば、数年前パリに行った時は、出張で仕事に行きその前に
数日有休を取って、という人に自慢できそうなシチュエーションだったけど、ダメだった。

「当然楽しいはず」なのに、思ったより楽しくなくて、そういう自分に罪悪感を覚え、
どうやって取り繕ってパリが楽しかったってオットも含めて周りに言うか、
考えを巡らせている自分がつくづくイヤになって、カフェで泣いてしまった。

何でも言えるのは摂食障害仲間だ、ってことでカフェで正直な気持ちをはがきに書いたら
だいぶすっきりしたけど。

今回も、アトピーが顔にまだ残っていたけど、まあいいかとふっきって前半まあまあ楽しんだ。

ある日、明日は難易度高い山登りに挑戦するかってことにオットとなったのだが、
毎日の歩き疲れがたまっていたのでできるか不安だった。

オットに断るのがいやで大丈夫、もし朝起きて体調悪かったら変更していいんだよ自分に言い聞かせていたけど、
翌日は見事に、殴られたように目が腫れていた。。。

アトピー隊長は、私を信用してないのね。というか、思い知らせてくれたというか。。

とにかく不安があるとてきめん、アトピーが出る。
不安があった時は休まないといけないのに、その声を無視すると、赤信号
ブッブー!!

アトピーのおかげで一日中ベッドの上でゴロゴロし、子宮の当たりに手を置いて、
できるだけ不安を感じるようにし、大丈夫って言い聞かせたりしたら、
翌日は半分くらい引いていてまた山登りを再開した。

そんなこんなでバカンス中、2日くらいはアトピーを言い訳に一日中部屋にいた。

で、オットは予定されていた山登りをキャンセルすることになっても、
実はぜんぜん平気で別の予定を一人で楽しんでいて、
なんだ、断っても全く問題ないのね、ってことがわかった。

断ることへの恐怖、できないんじゃないかという不安。。
断ってもいいのに。できなくても全然okなのに!

アトピー隊長の指導のもと、ありのままの自分に向かって少しずつ進んでいる。








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