イタリアで生きのびる!過食?発達障害的?エンパス?なワタシ。。

会社員のお仕事、イタリアでがんばってきたけど、コミュニケーションが大の苦手なワタシには会社員なんて合ってない。。今まで試して来た色々なヒーリングや、 自分大好きイタリア人、 イタリア人の夫との話などカキカキする予定。
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「生きていたくない」から「生きてみてもいいかも」へ。。。

生きていたくない。
生きる意欲がわかない。生きていても楽しくない。
ただしんどくて、だからといって「死んで」現状を終わらせるなんて
思いもしない。そんな積極性はない。
ずーっとあった、この感覚に気づいたのはたった2年位前。
二子渉さんの死と再生のワークを受けた時だ。

ネイティブインディアンのシェルター、「デブリハット」という小枝でできたテントみたいなもの
を森の中に作って、実際に生前葬を行い、そのあとシェルターに入ってから(死)、
出て来る(再生)のだけれど、再生したいとは全く思わなかった。
かといっていつまでも中にいるわけにもいかず、仕方なく出た時はとても悲しくて
泣いた。
そして森の木々は、死ぬ前の最後の瞬間も、生まれ変わったときにも最初に目に入って来て、
優しく私を見守ってくれていた。
「樹」は人と関われなかった自分の、唯一の友達だとあらためて強く感じた。

ワークが終わっても、再生したくない自分について色々考えていたら、
初めて「生きていたくない」という感覚に気がついて、びっくりした。

そのあとも、IHとフィボナッチヒーリングやその他ヒーリングを受け続けて2年が経ち、
やっと、生きていればこれからいい現実に変えていけるかも、
今死ぬのはもったいないって思えた。
セッションを受けて1ヶ月がたつがまだこの感覚は失っていない。

ようやく、基本的な価値観が「生きたい」っていう人たちと同じレベルに立って
悩むことができるような感じ。
だって自分に基礎力がないと、本読んだりするくらいで、悩みを解決したり、
生き方を変えるなんて到底無理。
でも今は、昔のアニメの超合金マジンガーゼット?みたいな服を身につけていて、
一人でも立ち向かってみよう、よっしゃ、ファイト!みたいな感覚が生まれている。

アルトアディジェ
私にとって、山は「彼方にある存在」「絶対的な美しさ」の象徴、永遠の憧れ。。

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ワガママ?はみんなのため、大人の証拠

rustichello cannolo
シチリア名物のカンノーロ。リコッタチーズとピスタッチオ。激甘ですが、おいしい


この前、オットと一緒に皿洗いをしていた。
彼が水でお皿をすすいでいたので、
私は「お願い」といいいながら水温を上げたら、
「俺は嫌だ」ときっぱり言って冷水に戻した。

その口調が男の子みたいで可愛いなあ、と思わずぷっと噴き出してしまった。
でも、笑いながら腑に落ちた。

今まで理にかなったことをするのが大人だと思って、自分の感覚やしたい事はガマンしてたけれど、
実は逆で、やりたいことをやることが大人だということ。
ガマンしていると、他人にガマンを押し付けたり恨んだり、こじらせて病気になって却って迷惑かける。

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思い込みの激しさ

人の話を思い込みを持たず、客観的に聞くことが私には難しい。

お客さんで、自分に似たアスペル的な人がトラブルを起こしていると、
きちんと話も聞かず勝手にストーリーを作り、
うまくやれよバカ、とかつい思ってしまう。。。

それじゃ上手くいかないよな。
妄想のなかで生きないようにしないと。


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プーリア州のお屋敷の不思議な彫刻。 プーリア州にはバロック彫刻がいっぱい

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なにをもって仕事って言えるの???

「俺たちはやっている」vs「君たちはやっていない」

イタリア人と日本人では「仕事をする」ことの定義が違う。

日本人にとって仕事はやろうと思えばきりがなく、
常に改良を目指し、お客様のためを考えて工夫し、
新製品、季節商品などのマイナーチェンジを繰り返すのが、 当たり前である。

一方、イタリア人は現状に満足する、よく言えば今を楽しむというのが
生きる姿勢なので、仕事でも言われたことをやればおしまい、
さらに一歩進んで自分で考える、ことはあまりしない。

日本人基準を当てはめてると、つい仕事をしていないと捉えてしまいがちで、
普段から、イタリア人同僚はそのことに不満をくすぶらせている。

また、このメンタリティの違いから、日本人は色々あたらしい案を考え、
実際ルーティンワークをするのはイタリア人、という分担が何となくできている。
これまた、日本人は色々余計なことばかりして、実際やるのも尻拭いするのも俺たちだ、
といった不満につながる。。

日本支社は「明日までにお願いね」と複雑な質問やリクエストをしてきて、
現地側は関係各社に頭をさげてお願いし回答しても、
やっぱりダメでしたということは多くて、 日本人はすごく自分勝手、と受け止められる。

しかしホント、過剰サービスは実際どこまで意味があるのか立ち止まって
よ---------く 考えてみると、、、、、
無駄な長時間労働やストレス、環境破壊を生み出している。

イタリア人は日本に行くわけじゃないから、完璧なサービスの恩恵を
受けることはなく、ただ過剰サービスの一端を担ぐように言われるのだから 理不尽だ。

私は日本式・しごとをイタリア人同僚に押しつけて、去年の暮れにすごい揉め事になった。

サルバトーレは間違いが多く、言い方に気をつけながら何度注意しても直らないので、
メールで「やるべきことはやってね」とお願いした。
するとこぶしを震わせて、俺は仕事はやっている、と 席まで抗議に来て、
その上司のイタリア人にもぶち切れされた。 ホントに怖かった。。。
この文化摩擦は海外で働く日本人に共通のものだと思うが、上手く立ち回れる人もいるのに、
なぜ、私はできないのかしら。。。

私のアスペルガーの症状として、IHヒーリングのおさむさん&のりこさnのセッション中、以下の項目に
筋反射でyesと出た。

*人嫌い、苦手
*人と深くつき合えない
*概念形成が苦手
*ストレスをうまく感じれない
*柔軟性がなく、生真面目すぎる
*喜びや楽しみを人と分かち合えない
*冗談がわからない
*気持ちのの切り替えが苦手
*傷つきやすい、トラウマになりやすい

まじめすぎて、こうあるべきを人に押しつけて人とぶつかり、
知らないうちにストレスを溜め込んで、アトピーで出る。。

こうなったら、できるだけ人とかかわらない仕事に転職したほうがと思うが、
筋反射では、「人と関係をもつことが好きになること」を目標として選んできて、面白い。。

そうなるべく、IHヒーリングとフィボナッチヒーリングで、
扁桃体、前帯状皮質、島皮質、角回、セロトニン、脳幹、松果体、脳神経、オキシトシンなどの
脳の調整を毎日、2時間から4時間かけて6日間してもらった。
約20日が過ぎ、何となく落ち込むことが減っていると感じる。

今回のテーマはちと大きすぎたので、中途半端な感じもするが一回ここで切る。。

bimbo 2
友だちのあかちゃん。
新生児は、母親の考え方や感覚を空気のように吸収し、脳に焼き付けられるという。。私は母の「人生は厳しい、努力して勝ち取るもの」といった価値観を、赤ちゃんのときがっつりもらった。。byのりこさんの筋反射

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同僚には、イタリアのチャールズ皇太子もいます??

私の同僚にはチャールズ皇太子がいて、一日の仕事が終わって退社するとき、
「チャオ」とか「アリベデルチ/またね、また会いましょう」
と言いながら、国民(残ってる私たち)に大きく手を振ってくれる。

イタリア人らしく、厚い胸板を堂々と張ってる様子に、
私は入社したときから、「おお、ありゃ王さまか、天皇陛下か??」と思ってたら、
彼(カルロ)はチャールズ皇太子のイタリア名と同じだった。

チャールズは、イタリアではカルロ・ガレス皇太子(Carlo、Principe di Gallesカルロ、プリンチペ ディ ガレス)で、
ニュースでもチャールズとは呼ばれない。

会社でフレックスタイム制が導入されているので、帰る時間が
ばらばらだが、イタリア人はそれぞれ大きな声で挨拶していく。
「皆さん、一緒にお仕事できて光栄でした」
「今日はファンタスティックだった」とか言い方(冗談?)も豊富だ。
昼休みに行く時も「ボナペティート」とかいちいち(#^.^#)、言ってくれる。

私はと言えば、仕事の邪魔をしないように周りの人だけにそっと声をかけて
いつの間にかいなくなろう、としてきた。
そしてチャールズ皇太子には、あんな風に自信たっぷりなんて
信じられない、頭悪そう、仕事してる人の邪魔とは思わないのかしら?
とイライラしたりバカにしたりしていた。

それは自分を一人の人としてではなく、会社の歯車の一部ととらえ、
退社して歯車の一部でなくなった自分は、もう邪魔者だと感じてしまうから。
だから、早く帰ることに自動的に罪悪感を感じるから。

あの山の向こう
                                           道はまだ遠い。。。

そして会社のことを仲間たちの集まりではなく、組織としてしか捉えることができないから、
仲間に挨拶する感覚がわからない。

彼らは会社を仲間の集まりと捉えているから、(私みたいに)能力の優劣で同僚を批判したりしないし、
能力が低いために居場所がない、受け入れられていないかも、といった恐怖を持つこともない。

あああ書いていて悲しくなっちゃう。(T_T)


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北イタリア・山のゾーンの名物のシュトゥーデル(アップルパイ)、
美味しくて2日に1度、いろんな山小屋で食へてたら、もう一生いらないって感じになった。。
飾りについているグズベリーも、季節によっては道端で食べ放題!

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ハダカの価値観

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FOTO BY Haruo Ohara

毎日、日差しが強い。
逃げられない、って感じ!

でも湿度がないので家にいれば耐えられるし、
夕方は涼しい風が部屋に入ってきて、夜は快適に眠れる。
といっても寒がりの私だけ?いや、でも東京にくらべれば、
ずーーとマシなのは間違いない。

ローマの中心部には一戸建てがほどんとなく、集合住宅が基本で、隣の家が近い。
冷房のない家も多いから窓が開け放されて中が丸見えだ。
夜は、窓枠で切り取られた室内が明るく照らされ、ドラマチックで劇場みたい。
劇場のなかを、上半身ハダカのイタリア男があっちに行ったり、こっちに行ったり。
私も金太郎さんみたいなトップとミニのテニススカート姿でうろうろし、
ときどき客観的にどう見えるか考えると恐ろしくなるが、
「まあ、いっか」と言い聞かせている。

イタリア人は裸に関するタブーが日本人より少なくて何度も驚いた。

オットを日本に連れて行って、整体の先生に脱腸(そけいヘルニア)を
相談したときに、ここが痛いとか言っていきなりパンツを脱いで
説明したので先生もびっくりしてたっけ。面白がってたけど。。

義母もおしゃべりしているときに、いきなり着替えを始めて
上半身すっぽんぽんになったり、
イタリアはトイレとシャワールームと洗面所がワンルームになってるので
ちょっと不便なのだが、義妹は私が髪を乾かしているのに、我慢できないって
入ってきて、おしっこしたり。。

カメラマンの私のオットは義妹が妊娠したとき、
大きなおなかを記念に残そうといって、上半身はだかの妹を撮影していた。
妹はおっぱいを手で押さえ、冬だったので下はズボンにブーツみたいな靴を履いていたけど、
一歩間違うときわどい感じだった。。

昔、同居してたハンサムなピエトロも、暑いときはいつも上半身ハダカでどきどきしたものだ。。

まず彼らにはハダカは自然なもの、当たり前のものという感覚がある。
肉体的に整っている人もいればそうじゃない人もいる。それは普通のこと。
自分が一番大切でかわいくてカッコいいから、外見を客観的に厳しく採点したりしない。

いやシニョーラ、それはちょっとやめた方がいいのでは?と思わず絶句しちゃいそうな
人も時々いるけれど。

逆に日本の中年女性で、妙に体の線を隠す服を着ている人がいるが、バランスが悪くてかっこ悪い。
体は隠すもの、見苦しいっていう遠慮と自重も行き過ぎると不自然だ。
日傘と手袋、首にスカーフの3点セットも相当ヘン。

ほんとうは、露出の多い服は開放感があってとても気持ちいい。
夏は暑いんだし、薄着をするのは自然だ。

イタリア人的感覚に、日本人の客観性を3滴くらい垂らした感じが、私の好みだ。

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写真は大原治雄という、ブラジルでは高い評価を得ている日本人移民の写真家の方のものです

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ロシア人気質

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土曜日の夜はウクライナ人の友達と、イタリア人カップル、オットと私でピザを食べにいった。

ウクライナ人のオレステは91年のソビエト崩壊の翌年からイタリアに住んでいる。

オレステはローマでガイドをしており、ロシアの金持ちつまり
ロシアマフィアのサービスを数えきれないほどしてきた。

彼によるとロシア人は暴力的で忍耐がなく、辛抱強く仕事を続けることができず、結果がすぐ欲しい。
悲観的で厭世的。一般市民は考えることを放棄してただ家畜のように上に従う。
アルコールの摂取量は半端なく、朝までウッォッカなどの高アルコールを飲んで
朝が来たらコーヒーの代わりにバールでビールを引っ掛けて家に帰るという。

彼はお客さんから政治の裏話を色々聞くそうで、
プーチンは本当に残虐・冷酷で、裏切り者は絶対許さず必ず殺すそうで
色々な殺人事件の話やテロの話も一杯出た。

私は思わずドストエフスキーやチェーホフといった文学は?
あの文学を生みだしだ土壌は?と聞いたけど、ドストエフスキーなんて
多くのロシア人に取ってどうでもいい存在だという。。

ロシア人の脳はどうなっているのだろう?と思う。
アル中の両親から受け継いだDNAと脳は欠陥も多そうだなあ。。
3歳くらいまでの赤ちゃんはお母さんと一体で、母親の考え方を脳が吸収して
同じ信念体系、思い込みを持つようになるというが、
暴力性と恐怖と怠惰と麻痺した感覚を、世界としてとらえて育っていく人が大部分なんて
恐ろしい。。

私が尊敬するヒーラーののりこさんのブログには
IHヒーリングとフィボナッチヒーリングののりこさんのブログ

前世について色々書かれていて、私も彼女とパートナーのおさむさんのセッションを受けたとき、
辛い前世をたくさん経験していて、それが今の人生に影響しているってことで
山のような前世とのエネルギーコードを切ってもらったが
ロシアの人たちもそういう前世を持った人が多そう。。

オレステはいつも笑顔を絶やすことがなく、マンガにでてくるいたずら赤オニみたいな
八重歯とひげがあって知的で、でも男らしくて女性は絶対守る!みたいな感じ。

ウクライナ人はロシア人とは全く違って人生を楽しむことを知っているらしいが、
それにしても彼の旧ソビエト時代の人生はとても過酷だった。

配給制で物がなくて、何が手に入るかわからなくてもとにかく並んぶとか、
友人や近所の人からどんな小さなことでも、当局に不当に告げ口されるかもしれないとか、
父親や叔父さんは酔って女子供に暴力を振るうとか、
小説や映画でしか知らない幼少期を送って来ている。

イタリアにはヨーロッパ、アフリカ、中近東、バングラデシュから来た人たちがたくさん住んでいて、
彼らのストーリーはどれも面白く興味はつきない。

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知的な友人たちと会話していると、自分が何もないって感じがして
劣等感を感じることも多いが、昨日は楽しく聴くことができた。嬉しい\(^o^)/

写真は相変わらずロヴェレートの近現代美術館。





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発達障害で海外に暮らす 2

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発達障害の人は海外に住む方がラクではないか?と昨日書いた。
実際、周りをみてもこの人もそうじゃないか?って思うことが結構ある。
コミュニケーションが苦手で、かたくなで交友関係がない人たちを目にするのである。

海外に住んでみたいという憧れの奥に、実は日本で住みにくいので
逃げ出したい、という願望が隠れているのだと思う。

でも、外国に住んだからといって、発達障害が治る訳ではなく
日本に住んでいるより程度が軽いとはいえやっぱり、
イタリア人からも変な人、難しい人と思われ、仕事やプライベートで問題が発生する。

イタリア人の同僚や取引先から彼らへの苦情が来る。

私も去年、イタリア人の同僚と大きなトラブルを起こした。
それはまたおいおい、書いていきたい。。

発達障害の人が海外で少しでも住みやすくなるには
同じ悩みを持った一人か二人の友人が必要だと思う。
スカイプがあるので、別に日本にいる人でもいい。

私は20代の一番大変だったとき、摂食障害の自助グループナバの会員だった。
アトピーがひどくて会社を辞めて、どこにも行く所がないとき、
週に何度も通った。
言いっぱなし、聞きっぱなしというルールがあるミーティングで
泣いたり親への怒りを吐き出して、ミーティングが終わったらおしゃべりして、
というのは、大きな支えだった。

そこで知り合った人たちが今でも一番の親友である。
数少ない、というかほとんどいない、ありのままの自分でいられる、
本音が言える人たちである。
変な話をしても、受け入れてもらえる。

発達障害らしき50代、60代の人たちを見ていると孤独である。ひとりぼっちだ。
外国人で、言葉のハンデがあり、人と交流を持とうとしない。
彼らは日本にいたとしても一人ぼっちだと思うが、
どっちがいいのかなのかな?って思う。

写真は昨日に引き続きロヴェレートの近現代美術館のインスタレーションと
ダリの絵。

ダリ




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発達障害で海外に暮らす

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私の場合、日本よりイタリアのほうが住みやすい。
その理由をつらつらと書く。

まず多少、私が変わっていても、外人だからということで目立たない。
イタリア人はそんなに日本人をたくさん知らないし、日本の習慣もわからないので
私が変わっているのか、日本人がそうなのかわからず、まあこんなもんだと
思ってる気がする。

人嫌い、人と交わるのが苦手でも、言葉の問題だろう、と放っておいてくれる。

日本人を嫌いな人はあんまりいないので、日本人っていうだけで
プラス効果があり、良い色眼鏡をつけて見てくれる。

イタリア人は基本的に自分の気持ちや考えをはっきり表現するので、
あうんの呼吸とか、空気を読むといった能力が日本にいるときより必要とされない。

私がアトピーがひどくて一ヶ月ぶりに出社したときは、
どうしたんだ、アレルギー検査をすべきだ、何を食べたんだ??などと
複数の同僚に言われたが、日本人は誰一人として言ってこなかった。

日本人とイタリア人の思いやりはだいぶ違う。

人とシェアするのが苦手なわけだが、本やネットを読んでいても
イタリア人オットは日本語を解しないから、何を読んでいるか
知られなくて秘密主義者としてはいちいち隠す必要がなくラク。

イタリア語は日本語ほど堅苦しくない。
もちろん丁寧な言い方は必要とされるが、もっとざっくばらんな感じ。
日本人はお客は神様っていう考え方から、お客様に対して丁寧に対応するのが基本だけど、
イタリア人はお客と対応する売り手がもっと対等な関係で、売り手はそこまでへりくだる必要がない。

例としてイタリア語の呼びかけはこんなものがある。
アモーレ、テゾーロ(大切な人)、プリンチペッサ(王女様。女性や子どもに対して)、
カーロ(愛しい人)。
この辺は普通に八百屋で野菜を買う時にもおばちゃんから
「テゾーロ、安いよ」って呼びかけられる。

ローマ弁やナポリ弁は省略するのが特徴の一つなので、アモーレの代わりに
「アモ」とか電話で取引先の人に言われることがあって
あんたとは一度も会ったことないのに、、みたいに思う。

アモーレもテゾーロも異性間ではなく、同性間でも使われて、ちょっと気持ち悪い感じもする。。

あとチッチャ(おデブさん)、パタティーナ(おいもちゃん)、
ブルッタ(ブサイクちゃん)とかは親しい人の間で使われる。

目の前の男性が恋人に向かっておデブさんって言ってるのを聞くと
私だったらちょっと傷つくかも、と思う。

結局、日本人はフォーマルすぎる。
着るものでも、社会人男性はこれ、主婦はこれとか、40代過ぎたらこんな服はダメ、
といったルールというか社会常識?のほうが個性より尊重されるから、
私のように、そういうものを理解するのが苦手な人にはつらい。
小津安二郎の映画を見ていると、美しい日本って感じで
悪いことだけではないが、発達障害の人には難しいと思う。
日本は個人の気持ちより常に相手が優先、相手にいかに迷惑にならないかが大切。
これが、難しい。

一方イタリア人は自分がなにより好きで可愛い。
だから、おしゃべりに夢中になると道路の真ん中を塞いでも平気、とか
道路にゴミをポイ捨てしても家の中はぴっかぴかとか現象がおきる。。
いい加減にしろとかよく思ったけど、こっちのほうが人間らしくてラクだ。

なんか、うまくまとまらなくて気に入らないけど、とりあえずここまで。
写真はroveretoっていう北イタリアの町。

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カラダからの反撃が怖い!じゃダメでしょう


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今日、朝起きたら一番に、昨日のブログ、間違えた!!しもたー!って思った。
だって、ラクで、楽しい、わくわくすることをやるのが目的でブログ書いているのに
やっぱり、カラダからの反撃が怖いから書いてるってことは恐怖に支配されている。

今までの人生、楽しんだことがないワタシには新しい、一歩。
ほとんどやったことがないことに挑戦している。
あるヒーラーさんには、内蔵がまったく喜びを知りませんねって言われたなあ。
心臓は考える臓器と言われるように各臓器にも記憶があるらしいね。

でも、目の上のアトピーが微妙に悪化してかゆい。。。
なぜ?
今日は昼休みを1時間取ったのに。
いつもは1時間取るのが後ろめたく、結局、席でお弁当を食べて終わり、
誰かが仕事の話をして来たら、つい応えてしまう、っていうのを繰り返していたので
少しはカラダのことを考えているつもりなのに。
無理しない、ってむずかしすぎる。

今日はブログを書かねば!てことで頭が一杯で(ノ_<)
オットとアモーレ(アモーレっていうのはmake love)しようって言っていたのに
すっかり忘れていて、どうする?って聞かれてもすぐ思い出せなかった。

オットにもわかるようにFacile, Divertente ,Gioia! ラクで楽しく、喜びを込めて!という
紙を作ってトイレに張る予定です。

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とりあえず書かないと、カラダからの反撃が怖い!


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コミュニケーション(おもてなしに代表されるやつ)が要求される旅行業界の、
日系イタリア企業でずっと頑張ってきたら、
持病のアトピーが20年ぶりに悪化した。

そんなに無理しているとは、まったく気づかず青天の霹靂って感じだったが
思い切ってNYまで飛んで受けたヒーリングによる集中治療?によると、
魂の求めているのは今の仕事ではない。
このまま心もカラダもすり減らしていると
今回のアトピーのように強制的に軌道修正されることがわかった。

ギョェー、怖い!ヽ( ̄д ̄;)

カラダという権力者の前には、ただただ服従するしかない。
魂の求めているやりたいことのひとつ、に書くことがあるそうで、
急いで、このブログを開設した。祝!!!

さてさて、ヒーリング集中治療にて、
44歳にしてめでたくアスペルガーを主にした発達障害だってことがわかった。

生きていくのがつらいのは、母から愛されないで育ったトラウマのせいで、
インナーチャイルドを癒して自分を愛せるようになったら解決する、と思ってたのに。。

情報通のつもりでいたのに、気がつかなかったのは悔しいが、(´・_・`)
これも日本に住んでないから仕方ないよねー、と自分で慰めてマス。

今まで色々試して来たヒーリングや、
自分大好き、コミュニケーションは俺に任せとけ、っていう風に見えるイタリア人について、
イタリア人の夫との関係や、発達障害だからこその仕事の大変さなどを書いていきたい。

ちなみに写真はローマ近郊のニンファ公園。
水の精がほんとに住んでるかもよ!!

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